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定年をそろそろ迎える私も、サリン事件があった
当時はバリバリの40代。
それだけに、地下鉄サリン事件も含め、
化学兵器テロの脅威は衝撃的でした。
戦争状態にない国で初めて、一般市民に対して化学兵器が
使用されたテロ事件として知られる松本サリン事件。
1994年に長野県松本市で、猛毒のサリンが散布され、
死者7人・重軽傷者660人を出しました。
松本サリン事件は、オウム真理教松本支部の立ち退きを
周辺住民が求めていた裁判におけるオウム真理教側の
敗訴の公算が高まったことが背景にありました。
教祖松本智津夫は、裁判を担当する判事の殺害を指示し、
村井秀夫・新実智光・端本悟・中村昇・中川智正・富田隆・遠藤誠一らは、
長野地方裁判所松本支部官舎に隣接する住宅街にサリンを散布。
翌1995年3月に地下鉄サリン事件が発生し、
程なく目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件で
オウム真理教に対する強制捜査を実施。
その過程でオウム真理教幹部は、松本サリン事件が
オウム真理教の犯行であることを自供。
当初、長野県警察は、被害者でもある第一通報者の河野義行を重要参考人とし、
マスコミも、あたかも河野が真犯人であるかのように印象付ける報道を続けたため、
無実の人間が半ば犯人として扱われてしまったという、冤罪事件・報道被害事件
としても有名です。
ようやくこの松本サリン事件は、終結へと歩みだしたようです。
今でこそ、「テロ」は世界的にも身近な存在になりましたが、
いかに事件は終結しようとも、この松本サリン事件が
世界に与えたインパクトはかりしれないものがあります。
厳粛な厳罰と、被害者への救済をぜひ望みたいものです。
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